人生の教科書

ゼロ発進

春爛漫の宴が自然の中で催されている。

人が見ようと見まいと季節が来れば、花は咲き散っていく。高山や谷間に咲く花でさえ、あるがままにそこに存在している。

人生模様はさまざまですが、正しく苦労することは人生に厚みを作ります。権利意識が強くなるきらいが強いと反面何か失ってしまっていることさえ気付かずに人生は終わる。

諸行無常とは、全てのものが変化するということです。

そこにあるのがあたりまえでないということです。親や兄弟、親戚、友人でさえ、なぜその人たちとつながっているのでしょうか?

不思議に思いませんか?

不思議でない方は、ここで読むのをやめていただきたい。

連綿と受け継がれる生命があっても、あたりまえだと感じる親や兄弟でさえ、その方でなくてもよかったはずです。

でも、なぜか親や兄弟としてつながっている。

奇跡は、なにげない日常にも起きているのです。

そこに『なぜ?』

と問いかけられる感性とイメージ力があるかないかの差だと感じます。この差がどんどん開けば、気づくひととそうでないひとの差は圧倒的になります。

人生のやり直しはできますが、人生の終焉では遅過ぎる。かといって最初期では自覚できない。気づきとは、水面に小石を投げ入れて波紋が立つようなものとイメージします。

物理学の共鳴理論のように近い周波数帯域における共鳴が起こる仕組みと似ているかもしれません。いずれも、気づきのヒントでしょう?

無意識に何かをするのは、脳がエネルギー消費を抑えるためにそうしていると大脳生理学にはあります。いったん、それを無意識から意識へと変換してみる。

注意して意識しながら行うのと、無意識で行うのでは、同じ行動でも違いが見られます。

無意識から意識への変革。意識を言語化したり、イメージし表現する力。そういうことが何よりも重要な時代になってきました。

生きにくくするのも、生きやすくするのもあなた次第です。

合掌

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